Transfer Later Talk – Michael Cuisance
移籍にまつわるエトセトラ
サポートするチーム、選手の移籍というのはファンにとっても大きな関心事だ。
それによって泣くこともあれば喜ぶこともある。
そしてその移籍を振り返ったときに悔やむこともあれば胸を撫で下ろしながら(獲得できなくて)良かったと思うこともある。
移籍とは不思議なもの。移籍に関して思う色々なことを後日談として語ってみようと思います。
順調なキャリアップを重ねたフランスの神童
今回は現在バイエルン・ミュンヘン(以下バイエルン)からフランスのオリンピック・マルセイユ(以下マルセイユ)に期限付き移籍しているミケール・キュイザンについて。
キュイザンスは1999年8月16日にストラスブールで生を受けた左利きの選手。
ストラスブールユースでその才能を開花させると、2015年にナンシーのU17へ移籍し順調にU19までのステップを駆け上がり、年代別代表の中心選手となった。
2017年にナンシーからドイツのメンヘングラードバッハに移籍するとその才能は一気に花開き、2017/2018シーズンはリーグ戦24試合、2018/2019シーズンはリーグ戦11試合に出場し合計3アシストを記録した。
この活躍に目をつけたバイエルンが2019年シーズンに獲得、勝利が決定付いた後に投入される”育成投入”で10試合に出場し、最終節のヴォルフスブルグ戦でフル出場すると1得点1アシストを記録し、フランスのみならずバイエルンの今後を背負う有望選手として名を上げた。
バイエルンファンはチームを去ったチアゴの後継者と胸を踊らせた。
バイエルンでの1年間を経て、フランスの神童のキャリアアップは極めて順調だった。
転換点となったメディカル・チェック
順調に進んできたキュイザンスの次なる目標は定常的に試合に出続け、さらに自身の力を伸ばすことに置かれることとなる。
2020/2021シーズン前の移籍市場、その若き欧州のホープに白羽の矢を立てたのがリーズ・ユナイテッドだった。
買い戻し権利付与の移籍金24億という、21歳の選手にとっては多額の移籍金だったが、欧州のホープを獲得できるとなれば、リーズにとってはこの移籍金は予算内であったし、後々に移籍することになれば安い投資にもなり得たものだっただろう。
リーズファンである僕自身も中盤の補強が必要と感じていたリーズの中盤に、今後の成長が大いに期待できる選手の加入は万々歳であったし、それがフランスの神童であるとなれば尚更だった。
当時の現地リーズファンもこの補強を楽しみにしていたようだ。
しかし、加入も決定的と思われた2020年10月1日、リーズは「メディカル・チェックによりキュイザンスに怪我が発覚した。」と発表。移籍はご破算となり、キュイザンスはその日のうちにソープ・アーチ(リーズの練習場)から踵を返さざるを得なかった。
その翌週10月7日、バイエルンとマルセイユからキュイザンスが期限付き移籍でマルセイユに加入することが発表された。
その記者会見でキュイザンスは
メディカル的には何の問題もないし、マルセイユとの間では全てがうまくいった。僕はプレーする準備ができている。リーズでは僕の立場からは何の問題もなかったんだ。
今となってはリーズがメディカル・チェックで何を見つけたのか、は分からないし、キュイザンスがマルセイユでプレーしていることを考えると、その「見つけた怪我」というのがプレーに支障をきたすものであったのかも分からない。
ただ推測するのであれば、本サイトのStaffの項でも触れているように、リーズのコーチ陣はプロ選手経験こそ持たぬものの、臨床医学や運動生理学を本格的に学んだコーチであり、そのコーチやフィジオの判断として、「地獄のトレーニング」と称されるビエルサのトレーニングを乗り越えられないと判断したのかもしれない。
本当の背景事情ばかりは今後も明らかにされることはないだろうが、このメディカル・チェックを起因としたマルセイユ行きがキュイザンスにとって重いものになってしまっているのは残念だが事実だ。
負のスパイラルの始まり
マルセイユにおいてキュイザンスの獲得を要望したのは前監督のアンドレ・ヴィラス・ボアス(以下AVB)と言われている。
事実AVBはキュイザンスの加入後3試合目となる第10節ストラスブール戦の後に以下のように語ったとSport1で述べられている。
私はキュイザンスに関しては非常に幸せに思っているし、彼は今後もストラスブール戦のようにプレイするだろうし、期限付き移籍終了時には買取オプションを行使できれば良いと思っている。
この時点ではキュイザンスがマルセイユで更に高みへ達することが期待されていた。
しかしこのコメントから僅か1ヶ月程度で状況は大きく変わることとなってしまった。
チャンピオンズリーグでは僅か1勝で早々にグループリーグ敗退となり、更にはリーグ戦でも12月以降1月末まで9戦3勝2分4敗。首位リヨンとの勝点差は14(消化試合数は2試合少なかった)と、チームの状況は散々な状況に陥った。
一方でキュイザンスに目を移すと、加入後初先発した10月17日ボルドー戦から12月12日のボルドー戦まで、自身が出場したリーグ戦6試合は勝利(1アシスト)していたのだから、本人からすればチームの状況が下降気味であっても自身の在り方についてはそれなりの自身はあったのではないかと推測できる。
しかしながらチームの状況にサポーターの怒りが爆発。
2021年1月30日に過激派サポーター(ウルトラス)がマルセイユの練習場に乱入。発煙筒や爆竹の投げ込みに加え、車両破壊や窃盗を行うという事件が起きた。
(*僕としてはこの行為には思う部分が多々あるので、それは別の機会に述べたいと思います。)
そしてこの事態から3日後の2月2日、キュイザンスの後ろ盾でもあったAVBが突然の辞任宣言。
経営陣との補強施策の相違が原因とされ、同日中にフロント陣がAVBの指揮権を剥奪するというお家騒動にも飛び火。
長友、酒井が所属し日本からも注目を浴びるマルセイユが置かれた事情は、完全に負のスパイラルに陥ることとなる。
スケープ・ゴート
AVB退任後、チームはコーチであるナセル・ラルゲとフィリップ・アンジアニが共同で暫定指揮をとっている。
それでもチーム状況が好転することはなく、2月3日以降の3試合は2分1敗。
マルセイユにとっては格下と評するランス、ボルドーに引き分けた上に、ライバルと目するパリ・サンジェルマンにホームで0-2と惨敗したのだからもはや目も当てられない。
このような状況ではサポーターの苛立ちを抑えることは出来ないのはフロントもチームも明らかだ。
チームの不調をどう説明し、少しでもサポーターの温度感を下げるのか。
もはやチームの惨状から逃げるように退任をしていったAVBに責任を負わせるしかないが、AVBはもはやはるか彼方。
そのAVBがフロントと衝突したのが補強選手についてならば、逆手を取ってAVBが希望した選手を貶めるしかない。
未ケール・キュイザンスがスケープゴートになった。
加入後1アシストに留まる若きフランスの神童は一転袋叩きに合うこととなる。
2021年2月14日のボルドー戦をスコアレスドローで引き分けた2日後の16日、ナセル・ラルゲがキュイザンスについて以下のようにコメントしたと報じられた。
力強さも技術力もある。だが質というものはチームに取って有効なものであるべきだ。もしも彼がそれができるのであれば、彼はチームとって欠かせない存在になるだろう。例えて言うなれば、(左サイドバックの)アマヴィのように彼が勇敢であったならば。
攻撃的な中盤の役割を担うべき選手が、サイドバックの選手と比較され、更にはそれを公言されてしまうこと自体がナンセンスなことは常識的なサッカーファンであれば即座に理解してもらえると思う。
だが、チームを率いるコーチにさえここまで言わせてしまうチーム状況であるということも透けて見える。
ちなみにこの試合を63’で退いたキュイザンスに関して、フランスのL’equipe紙では10点満点中の2点がつけられたという。
キュイザンスはただ単なるバイエルンからやってきた将来有望株ではない。
フランスの期待を一身に受ける”フランスの神童”だ。
だからこそ、サポーターからもメディアからも厳しい目で晒されることは本人も承知の上であろう。だからこそ期待されたパフォーマンスを出せず、チームも下降線を辿っているからと言って、それを若い選手の双肩に担がせることは果たして正しい判断なのだろうか。
そんなことを僕が言ってもキュイザンスの立場が厳しくなっていることには変わりがない。
希望
一方で先に引用したラルゲのコメントを報じた90minuitesは記事をこう結んでいる。
そのミッドフィルダーはマルセイユのジャージを着たリーグアンの6試合で6つの勝利となっている。 それ以来、彼はスタメンから外れている。そしてマルセイユが出した結果はことさら悪くなっている。
単純に考えるなら、キュイザンスをキックオフ時点でいない場合、今シーズンの一試合勝点は0.3ポイントしか向上していない。キュイザンスがいた場合、1試合平均は2.2ポイントだ。
これは偶然なのだろうか?
厳しい状況は踏まえながらも、結果とデータが語る部分も多い。それを当該記事はきっちりと伝えている。
移籍という事象は僕らファンを一喜一憂させるし、その後は結果を求めてしまうのも事実である。
安くはない移籍金を掛けて我らがチームが獲得した選手なのだから、活躍してくれなければ批判の目はそこに向く、というのもサポーター目線では当然なのかもしれない。
ただ、間違いなく言えることチームというのは生き物であり、好調も不調も波があって然るべきだ。移籍というのは、その生物を構成する骨なり筋肉に変更を与えることであり、それを断行するのであればその要素がプラスにもマイナスにもなり得る。
冷静に考えれば誰でも理解できるであろうことさえも忘れさせ、誰かのせいにさせてしまう。
これもまたフットボール中毒の悪しきポイントなのかもしれない。
ただ、そんな中毒の中でもしっかりと事実と状況を見極め、若い選手の背中を押すような環境があっても良いのではないか。
キュイザンスという、僕にとっては不運にもリーズを通り過ぎていった選手をいつまでも忘れられないおっさんも気持ち悪い話であるが、そうやって移籍市場を見ていくのもまた一つの楽しみ方であり、深く底のないFootballic沼の楽しみ方なのではないか。
期待する選手の先に希望を見出せる限り、その選手を追いかけることで幅広くフットボールを知り、そしてまた別の悩みや喜び、希望を抱える日々こそが僕らの楽しみなのだろう。
長々とこの投稿を書き連ねながら横目で眺めていたDazn。
中継されていたナントvsマルセイユは1-1のドローに終わった。
マルセイユの負のスパイラルの終わりは見えないようだ。
キュイザンスはベンチに座ったままだった。